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神のくくるをめぐる

取材

「静」と「動」が混在する、年始の白山行事「六日祭」

ライター︰秋屋美桜

郡上おどりに白鳥おどり、各地に伝わる大神楽や掛踊など、郡上には数々の民俗芸能が根付いています。特に郡上おどりや白鳥おどりは老若男女、地元の人も観光客も自由に輪に入り、唄って愉しめるオープンマインドな土壌があり、今では地元外の根強いファンも多くいらっしゃいます。

私自身も、そんな郡上の地域性に心揺さぶられ、住むことにまでなってしまった一人。

郡上にゆかりのなかった人間でも、輪に加わったことをきっかけにして、古来の人々の交流の様子に思いを馳せたり、伝統を今につなぐ地域の人びとの熱のこもった想いに触れることができるところが、奥深くて面白いと感じます。

そんな、郡上に根付く様々な文化の源流となっているのは、白山信仰の拠点である白鳥町長滝地区。かつて白山参拝のために多くの人々が往来し、豊かな芸能が生み出され、それが次第に他の地域にも伝播していったと考えられています。

郡上おどりの起源よりも遥か昔、1000年以上前の歴史の形が遺る長滝地区。

ここでは新年はじめに「六日祭」という祭礼が行われています。日本の中でも古くより芸能が栄えていたこの土地の祭礼から、白山文化圏を中心とした民俗芸能のルーツを探ります。


静と動が融合する新年はじめの祭礼 ━━「六日祭」

六日祭について調べると、比較的クローズドな祭礼と言うことが分かる。

祭りの会場となる長滝白山神社。氏子と呼ばれる地域の住民が主体となり毎年1月6日に行われることから六日祭と呼ばれている。

祭では長寿の祈りを込めた舞を奉納する「長滝の延年」と、天井に吊るされた縁起物の「花笠」に参拝者が飛びついて振り落とす、迫力満点の「花奪い」が同時に行われます。

一見するとカオスな祭礼のようにも思えます。静と動がなぜ混在しているのか。

まずは祭礼の成り立ちから見ていきましょう。

天井に吊るされた縁起物の「花笠」
舞を奉納する舞台

古来からつづく希少な舞 ━━「長滝の延年」

「延年」とは長寿を意味するめでたい言葉で、中世には奈良や京都などの大寺院の大法会の後、宴席の余興のような意味合いで僧侶や稚児によって行われていました。のちの能や歌舞伎にもつながる日本の中でも古い芸能といわれており、鎌倉時代に特に盛り上がりをみせ、各地の寺院でも行われていましたが、「延年の舞」として現在まで伝わっているのは数例しかないようです。

その中でも「長滝の延年」は中世の遊宴芸能の形を特に色濃く残している希少なものといわれており、国の重要無形民俗文化財にも選ばれています。長滝の延年は、昔の白山中宮長瀧寺において、大晦日から7日間行われた修正会の最後の行事として行われていました。長い法会のねぎらいの意味がある遊宴芸能に加えて、白山の神様に養蚕豊作を祈る祈祷芸能でもあったといわれています。

延年の舞の最初の演目「酌取り」では、拝殿の中心に置かれた菓子と酒を笛や太鼓奏者に振る舞う儀式から始まります。菓子は参拝者にも振る舞われ、くるみや栗、きび団子などの山の恵みをいただくことができます。

拝殿の中心に置かれた菓子と酒の前で行う「酌取り」
参拝者にも振る舞われる「くるみ」や「栗」、「きび団子」など

演目は全部で9つあり、鬼の面をつけて舞う「露払い」や鍬を持って耕すように舞う「しろすり」、小歌に合わせて舞う「田踊」などの多様な舞いが披露されます。最後の演目である「大衆舞」は修行を妨げる8つの災い(嬉・憂・苦・楽・尋・伺・出息・入息)を除くものといわれ、題名から昔は一山の僧侶が大勢で舞ったとも考えられています。

山岳信仰の拠点であり、神仏への願いを胸に白山山頂を目指した修験者(しゅげんじゃ)たちが多く足を運んだ長滝地区では、かつては修験者が役を務めることもありました。

現在における長滝の延年は、昔の遊宴芸能としての意味合いは形式上残っているものの、長滝地区の人たちにとっては、白山をはじめとする自然の恵みへの感謝や今年一年の幸せを祈る行事として継承されていることがわかります。


延年の舞

福を奪い合う勇壮な一幕 ━━「花奪い」

厳かな雰囲気の長滝の延年の佳境に入る頃に行われる「花奪い」はその名の通り、縁起物である花笠を参拝者たちで奪い合うお祭りです。

花笠は拝殿内の高さ約6mの天井から吊るされます。参拝者たちの中から人梯子(ひとばしご)ができ、それを駆け上がり花笠に飛びついて振り落とします。花や笠の部分を手に入れようと、例年参拝者たちはもみ合い状態。奪い取った花を持ち帰ると、その1年は家内安全・商売繁盛になるといわれています。

もともとは「花笠の舞」という、頭に花笠をつけた5人の役者が舞を披露し、最後に花笠を観衆に投げ与える演目があったそうですが、縁起物として参拝者が花を直接取り合うようになったことから、役者の安全のために大きな花笠をつくって天井に吊るすようになったといわれています。



静寂な祭礼である長滝の延年に勇壮な「花奪い」の要素が加わっていった背景には、長滝地区の人たちの白山神への信仰心の強さが現れていると見ることもできます。

花笠は桜・菊・牡丹・椿・芥子の5種類あり、毎年長滝地区の人たちが一つ一つ手作りで制作しています。花はすべて紙で作られ、毎年担当する花を交代することで作り方が継承されています。

会場内では、花笠の花を一輪単位で制作した「延年華」の販売も行われています。花奪いの時には花を取りに行けない方が買い求めるそうですが、花奪いの演目が始まる頃には全部出払っていることもあるそうです。

コロナ禍のため「花奪い」は行われず抽選で飾りものが配布された

六日祭は「花奪い祭」としての印象が大きく、新年の願掛けとして縁起物の花を手に入れるためにこぞって人々が集まるイメージを持つ人も多いかと思います。

ですが元々は日本古来の民俗芸能「延年」の形が遺された貴重な祭礼であり、長く文化として続いていく中で生まれた人々の願いや祈りへの想いの強さが派生し、花奪いが生まれたようです。

人々の願いと六日祭のこれから

六日祭の準備は例年11月から1月6日の朝にわたり、長滝地区の人たちが総出で行っています。「長滝の延年」の準備や練習、花笠の製作、菓子台製作などの準備を分担しながら進めていきます。

地域総出での準備となると、課題となってくるのが祭りの継承について。2023年に開催された六日祭では、通常であれば男児が役をつとめる延年の舞に、初めて女児が出演するなど、少子高齢化による祭りの担い手不足が顕著に現れてきています。

そんな背景がありながらも古くから受け継がれてきた伝統文化を繋いでいきたいという地域の人々の想いがあります。

長滝地区の人々にとっては暮らしの中に当たり前のように根付いている自然や白山の神様への感謝と祈り。六日祭は新年の節目に祭礼の形として古来からの人々の祈りや想いを受け継ぎ、この先へと繋いでいくためになくてはならない文化なのだと感じます。


ぜひ実際に足を運び、古来からの芸能が伝わる土地と人々のエネルギーを体感してみてください。

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